普段はめったに泣かない人も、スポーツには涙を流す。どんなに悔しくても泣かないし、泣かせるのが目的の映画を観ても泣かない、なのに今年はたくさん泣いたと言う人、少なくないのではないだろうか。言うまでもなくオリンピックがあった年。他国開催では最高のメダル数を獲得したというとされるから、そのメダルの分だけ泣き、取れなかったメダルの分だけ泣いたかもしれない。
そしてまた、敗者が勝者を心から讃えるような場面にも、大いに心を動かされ、涙した人も多いはず。ともかくあらゆるシーンが美しいドラマとなり、その一つ一つに感情が揺さぶられた。やはりオリンピックには特別な力があるのだ。スポーツほど激しく人を感動させるものはないことも思い知ったはず。でもそれって一体なぜなのだろう。
一つは紛れもなく、そこに到達するまでの想像を絶するような努力がイメージできるから。同じ場面を見ても、大人になるほど感動が大きくなるのを感じていた人がいるはずだが、それも年齢とともに自分の経験値も増え、アスリートの並大抵ではない忍耐や苦悩のレベルが理屈ではなくわかってくるから。そうしたものが素晴らしい競技とダブって見えるからこそ、人間の最も美しい姿を目の当たりにするような驚きがあるのだろう。
そしてもう一つ、オリンピック等では人類の能力の限界を目にする訳で、それが人間にとって生きていることの喜びに近い心の震えをもたらすはず。そういう情動は、ある種の遺伝的なものから来るとも言われる。どういうことかと言えば動物の社会と同じ、人類はその始まりから、身体的能力の高い人物がある種の群れを支えてきて、種の繁栄に大きく寄与したはずで、ずば抜けた能力に触れるほどに生の歓喜につながるということなのだ。大谷選手の活躍に理屈を超えた幸福感を覚えるのも、そうした背景があるからなのだろう。
そして何より素晴らしいのは、感嘆の涙にはストレス物質が溶け出して一緒に流れ出ていくこと。またどんな涙にも痛みを和らげるエンドルフィンなどが含まれ、だから泣くことは人を癒してくれるのだ。
ちなみに涙は、単なる水分ではなく、毛細血管の血液から作られると言われる。だからどんな感情から溢れ出るかによって、含まれる成分が違うのだ。怒りの涙は交感神経が活発になり、血管が収縮することによりナトリウムの多いしょっぱい涙になるのに対し、感動や喜びの涙は副交感神経が活発になることにより血管は収縮しないので、少し甘いサラサラとしたきれいな涙となって溢れ出る。そうした、清らかな涙が出ることにより、幸せホルモン“オキシトシン”の分泌も高まると期待して良い。
スポーツを見たあとの清々しさは、他の事では置き換えが効かない。まるで心を浄化されるような爽やかさがあるものだけれど、さらに涙を流した時は、より優しい幸せな気持ちになるなれるわけで、だからスポーツ観戦も一つの美容。みんなをくまなく幸せにしてくれるのだから。
齋藤薫
Kaoru Saito
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。『Yahoo!ニュースエキスパート』でコラムを執筆中。『大人の女よ! 清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。
〝ずっと美しい人〟になる20のレッスン。
読むエイジングケア
『大人の女よ! 清潔感を纏いなさい』
(集英社文庫)