日本文化を応援します

400年の伝統美を未来へとつなぐ
陶芸家 酒井田柿右衛門

Artist interview

掲載号 夏 2026

2026.07.15 UPDATE

美の本質は感動。この考えのもと、深い精神性と伝統美が継承されるさまざまな日本文化を応援しています。

陶芸家 酒井田柿右衛門

伝統美が継承されるさまざまな日本文化を応援するこの企画、今回は、有田焼を代表する柿右衛門窯の十五代酒井田柿右衛門さんをお訪ねし、400年続く柿右衛門様式の美と伝統技術の継承への思いなど、あれこれ語っていただきました。

濁手 柿文 壺

冨宅:柿右衛門さんの作品を実際に手にとってみると、本当に品性があって可愛らしくて、とても魅力的で感動しています。

柿右衛門:ありがとうございます。私たちの器はどちらかというと小ぶりなものが多く、デザインも静かな感じのものが主流なので、そこに可愛らしさを感じていただけるのかもしれませんね。

冨宅:器それぞれの白い余白と絵の部分の絶妙なバランスも、見入ってしまいます。この温かみのある乳白色の素地は「濁手(にごしで)」といって、柿右衛門さんならではの特徴ですね。

柿右衛門:はい。1640年代に初代が生み出した赤い色が、それ以降、柿右衛門を象徴する赤になっておりまして、その赤に最も調和する素地として1670年代に製法が完成したのが「濁手」です。もともと有田焼の原料である陶石には鉄分が含まれていて、白磁の磁肌に少し青みが出る傾向があるのですが、その美しさとはまた別に、柿右衛門では赤や黄色の暖色系の色をより引き立てるために、青みを抑えた柔らかい乳白色の素地を追求し、「濁手」を作り出すことに成功しました。

冨宅:たしかに赤絵という言葉も柿右衛門さんの特徴として、よく耳にいたします。

柿右衛門:赤絵は赤色だけというわけではなく、色絵が描かれている作品のことを、昔は赤絵と呼んでいたようです。おそらく当時は赤が一番、象徴的だったのでしょうね。基本的には赤、黄色、青、緑、紫の5色を使って、白いボディに左右非対称に絵付けをするというのが昔ながらの柿右衛門のスタイルです。江戸時代にはそれが非常に人気になり、ヨーロッパにも大量に輸出されました。

初代から400年続く
分業制による技術の継承

濁手 桜文 花瓶

冨宅:初代の方が赤絵の制作を始められてから400年近くもの長い間、その技術が継承されているのは奇跡のような素晴らしいことだと思います。伝統をつないでいくということには、さまざまなご苦労もおありなのではないでしょうか?

柿右衛門:うちの窯は代々、分業制で仕事をしてきておりまして、各部門の職人がそれぞれの技術を高いレベルで維持してくれて、今日に至っております。

冨宅:作業工程はどのように分かれているのか、教えていただけますか?

柿右衛門:工房は「細工場(さいくば)」、「仕上場(しあげば)」、「絵書座(えかきざ)」という3か所に分かれています。「細工場」は形を作る所で、そこでは壺を作る職人とお皿を作る職人が、はっきり分かれています。そこで出来たものを「仕上場」という窯場で素焼きをして釉薬をかけ、1300度の温度で本焼きをします。本焼きしたものを次は「絵書座」に持ち込み、表面に線を引いたり色を塗ったり、という作業で、ここでも線を引く職人と色を塗る職人は完全に分かれています。それが終わると「赤絵窯」という低温の窯に入れて約800度で焼き付けをします。それで出来上がり、となります。

冨宅:まさにチーム柿右衛門のお仕事、という感じですね。一つの作品に何人の職人さんが関わることになるのですか?

柿右衛門:今は約40人です。一人ではとてもこのような技術レベルは維持できないので、みんなで力を合わせて伝統を維持しながら、全員で今作れる最高の作品を作りましょう、という気持ちで仕事をしています。ですから柿右衛門の名前はチーム柿右衛門の代表者の名前で初代の頃からこのスタイルを400年続けてきているというのが、私たちの窯の特徴です。当主が新しい感覚を取り入れつつ形と図案を作り、職人が昔から続く伝承技術を守る。車の両輪のようにその2つのスタイルを共存させることで新しい今の時代の伝統工芸作品が生まれる。それが私たちの大切にしている制作スタイルです。

コースでいただく
食器のシリーズを作っていきたい

冨宅:歴史があり、多くの職人さんが関わってできるというところにも、価値がありますね。柿右衛門さんは15代目で、小さい頃からお父様が制作するご様子を見て育ってこられたのでしょうか?

柿右衛門:父の仕事場には一度も入ったことがないので、父の仕事のスタイルはほとんど分かりません。父は、(仕事は)工房の職人から習え、という感じでした。

冨宅:それはお父様のお考えかもしれませんね。自分の感性を伝えすぎてしまうと良くないと思われたのでしょうか?

柿右衛門:真意はわかりませんが、14代の作品をずっと見続けていると、知らず知らずのうちに作風が似てくるという懸念があったのかもしれません。

冨宅:ご自身では幼い頃から、受け継いでいくという思いはあったのですか?

柿右衛門:生まれた時から周りから“跡取り”という目で見られていたので“継ぐんだろうな”と思いながら育ちました。大学を出て25歳で家に帰ってきて職人から仕事を習っていくうちに“跡を継ぐんだ”と初めて実感していきました。父からは、“継がなくても別に構わない”と言われましたが、おそらく私が継がないとは、思っていなかったと思います(笑)。

冨宅:使命みたいなことも感じながら、プレッシャーはありませんでしたか?

柿右衛門:当時は特にはなかったですね。困ったら職人に聞こう、という感じでした。

冨宅:ご自身の作品作りの中で、どのようなところに楽しさを感じますか?

柿右衛門:そうですね。自分の作品を描く場合に私は花の花弁の数や雄蕊(おしべ)の数など、構造をまず頭に入れておき、絵を描く時には器の形に合わせて想像しながら手を動かすのですが、描いているうちに柿右衛門様式の構図とボディとのバランスがしっくり合致して来るんです。そうなると作品の全体感が何となく纏まってきてどんどん先が見えて描き進んでいけるようになります。そういうのは楽しいですね。

冨宅:そんな柿右衛門さんにとって、美とは、どのようなものでしょうか?

柿右衛門:柿右衛門窯は伝統工芸の窯元ですので、多くの方々から“いいですね”と言っていただけるような作品を作る事を心がけています。沢山の方々に求められる作品を日々追求していくことによって、人の美意識の琴線に触れる表現に近づけるような気がしています。

冨宅:今後、新たに挑戦してみたいことなどありましたら、教えていただけますか?

柿右衛門:私は焼物の原点は食器だと思っているのですが、最近はヨーロッパの食文化に興味があります。先代は和食器にこだわっていましたが、私はひと通りコースでいただけるような洋食器のシリーズを充実させていきたいなと思っているところです。

冨宅:自分の気に入った器で飲むお茶は本当に美味しく感じられるというのが私の実感です。柿右衛門さんの食器がコースで出てくるレストラン、楽しみですね。素敵なお話をありがとうございました。

酒井田柿右衛門さまとエルビュー社長 冨宅
<small>陶芸家</small> 酒井田柿右衛門

陶芸家 酒井田柿右衛門

1968年佐賀県有田町に生まれる。1991年多摩美術大学絵画学科中退。1994年十四代酒井田柿右衛門に師事。2010年第四十五回西部伝統工芸展にて初入選、第五十七回日本伝統工芸展にて初入選。2012年有田陶芸協会会員となる。2013年国・重要無形文化財保持団体「柿右衛門製陶技術保存会」会長に就任。日本工芸会正会員となる。2014年二月四日、十五代酒井田柿右衛門襲名。佐賀県陶芸協会会員となる。2019年日本陶芸美術協会会員となる。現在、日本工芸会西部支部幹事長、佐賀県陶芸協会副会長、有田陶芸協会副会長、日本陶芸美術協会常務理事。
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