日本文化を普及するために、様々な伝統芸能や伝統品、
また日本文化を継承する方々を紹介してきました。
竹工芸家 武関翠篁様
日本人の美意識を体現した
竹工芸の世界
竹工芸作家 武関翠篁
冨宅:竹工芸の歴史を教えていただけますか。
武関:自然素材で物入れを作るということは古くからあって、私どもの店(竹工芸 翠屋)の下からも竹の編み目のような模様が付いた縄文土器が見つかっています。1500年代には茶の湯の発展とともに工芸も磨かれていきます。千利休が作った一重切の花器をはじめ、茶具の多くが竹でしたから需要も高かったはずです。身近な素材を、美しい貴重なものとして昇華できるのは日本独自の感性によるものでしょう。江戸の町民も散歩の帰りに野草を摘んで、竹籠に生けていたようですよ。
冨宅:先生は、そうした江戸の流れを汲む武関家の三代目でいらっしゃいますが、幼い頃から工芸にはご興味はおありでしたか。
武関:最初はなかったのですが、いつも父のそばで、竹クズで遊んでいたので、手が覚えたのでしょう。自然と跡を継いでいました。
冨宅:作品にはどのような竹を使うのですか。
武関:竹の種類は日本だけでも500種を超えますが、私が使うのは5、6種類。かやぶきの屋根裏でいろりの煙にいぶされた煤竹や日本古来種である真竹をよく使用します。真竹は密度があり、強靭な力があるので、細く切ってレースのような軽やかな表現もできますし、太い竹を何枚か重ねて力強さを表現することもできます。経年劣化によって色が濃くなりツヤが出て味わいが深まるのも特長です。
冨宅:素材の見極めも大切なのですね。制作の手順を教えていただけますか。
武関:竹を割っていき、一つの作品の材料となるひごを作ります。歯の短い切り出し刀で、0・2ミリ、0・3ミリといった極細のひごを作るのですが、0・1ミリの差も許されません。というのも編むと竹が引き合うので、ひごが不均等だと籠がバラバラになってしまうからです。ここは基本ですが非常に大切な工程で、昔から竹割り十年と言われるゆえんです。
しなやかで強靭な竹が織りなす
心の原風景
武関:ひごができたら編みに入ります。基本の編み方は十数種あり、束ねたり、透かしを入れたりしながら完成させます。
冨宅:多くの工程の中で、最も苦心されるのはどのようなときですか。
武関:作りたい形があっても竹が言うことを聞いてくれないときです。無理をするとポキンと折れてしまう。「会話」ではありませんが、竹の声に耳を傾けながら、竹と一緒に作っていくことができればよいのだと思います。
冨宅:竹の良さを生かして作られているのですね。先生の作品は精妙で美しく、独自性が感じられます。制作するにあたり、こだわられていることはありますか。
武関:竹は透かしができるのが一つの特長なので、空間を作りながら、その効果がどう出るか想像しながら作ります。
冨宅:作品のイメージはあるのですか?
武関:いつかこういうのを作りたいと思うイメージは常にあります。「蒼天」は昔、修学旅行で見た五重塔の屋根が原風景になっています。一方で、即興曲のように流れに任せて作ることもあります。たとえば「玄武」という作品は、編み始めたら、奈良にあるキトラ古墳の壁画「玄武」に似ていることに気付き、現地に出向いて空気を吸ってきました。帰宅後、一気に作りきりました。
冨宅:そのようにして作品ができるまでにはどのくらいの時間がかかるのでしょうか。
武関:工芸展の出品作には2か月ほど。作品数が必要な展示会になりますと、最低5年の準備期間をいただいています。
冨宅:大変なお時間がかかるのですね。代々受け継がれている技を、時間をかけて一点一点作り上げていく作品は、大変価値があって素晴らしいです。
暮らしの中の用と美を兼ね備えた
世界でも稀な芸術品
冨宅:長い期間活動をされてきて、記憶に残る思い出はありますか。
武関:二〇〇九年に、文化庁の文化交流使として、江戸末期から明治にかけての竹工芸品の収蔵を誇るドイツのハンブルク工芸美術館を訪ねました。ここで私は来館者の方に実演をご覧いただきましたが、そのうちのお一人が、「実は…」と見せてくださったのが、私の作品。その方は、以前、私の店で購入してくれた方で、予期せぬ再会に感動しました。
冨宅:それは嬉しい巡り合わせですね。竹工芸は、海外でも人気が高まっていると聞きますが、その魅力は何なのでしょうか。
武関:用と美を両方兼ね備えている、世界で類を見ない工芸品であることです。襖絵などもそうですが、生活空間の中で使いながら、それが美術品でもあることが自然であった日本人の美意識が育んだものだと思います。
冨宅:なるほど。竹かごは透かしが美しく、夏の暑さを和らげ涼しさを感じさせてくれるところも魅力に感じます。先生にとっての美とは何でしょうか。
武関:心を豊かにするものだろうと思います。たとえば竹は、遠くから見れば形がくっきりして美しいですが、もっと近づくと細部が見え、また魅力が深まります。いろいろな見方で美しいもの、本物に触れることで心も人生も厚みを増すと思います。また、美は世界共通のものですから、どこの国に行っても言葉がいらずに分かり合えるのもよいところです。
冨宅:確かに、同じものを見て素晴らしいと感じることに言葉は関係ありませんね。最後に、今後の抱負をお聞かせ願えますか。
武関:新しい作品を作るときには必ず壁のようなものがあり、手が止まってしまうのですが、そこをクリアした時には先がまた開けて見える。制作はその繰り返しですが、進化するために挑戦し続けていきたいと思います。
冨宅:ご活躍をお祈りしております。本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
竹工芸家 武関翠篁様
東京都荒川区に生まれる 祖父翠心、父翠月、後に飯塚小玕齋に師事
1986年
日本伝統工芸展初入選以後連続入選受賞
2009年
文化庁文化交流使としてドイツに派遣される
2010年・2016年
個展(日本橋三越店)
2012年
collect展出品アートファンド賞(ロンドン・イギリス)
2017年
ジャパニーズバンブーアート展出品 (メトロポリタン美術館/ニューヨーク・米国)
収蔵・買上
宮内庁 五島美術館 長谷川美術館 スコットランド国立美術館 ハンブルク工芸美術館 メトロポリタン美術館 薬師寺 三千院
2020年
『工藝2020 ―自然と美のかたち―』展 出品(東京国立博物館)
現在
日本工芸会正会員・特待