日本文化を普及するために、様々な伝統芸能や伝統品、
また日本文化を継承する方々を紹介してきました。
日本画家 高橋天山様
線に宿す日本の美
日本画家 高橋 天山
冨宅:清少納言やかぐや姫など古典の世界を描かれた作品を拝見し、色彩の美しさ、姿、形に感動致しました。日本画の優雅さや繊細さにも触れさせていただきました。日本画について教えていただけますか。
高橋:日本画という呼称は、明治以降に入ってきたヨーロッパの視覚芸術に対する日本の絵を指して呼ばれるようになりました。もっとさかのぼれば鎌倉時代では、中国から伝えられた絵画が唐絵と呼ばれたため、平安時代に発展した日本独自の絵画を大和絵と呼びました。
冨宅:大和絵、そして日本画の特徴はどのようなものですか。
高橋:筆で描かれていることです。筆は写実がしにくく、ものを描くのに輪郭線を用います。線というものはすでに抽象です。室町時代の水墨画の大家・雪舟の絵も抽象的なところがあり、日本人はそういう「感覚的なリアリティー」というような、何となく何かを感じさせてくれる絵を好む傾向があります。「源氏物語絵巻」で描かれる顔も、細い筆線の引目鉤鼻が特徴的ですが、単純化された抽象的な表現が、一層見る人の想像をかきたてるわけです。
冨宅:確かにイマジネーションを広げてくれるような気持ちがします。
高橋:日本人は空白に思いをめぐらし「余白の美」を愛でる力を持っています。大和絵から連綿と続く文化をつないでいる日本は世界でもまれな存在ですし、それが美意識にも反映されているのです。漫画ひとつ例に取っても、アメリカの作品は肉感的で写実的なものが多く、日本は手塚治虫に代表されるように非常にシンプル。『鬼滅の刃』や『ゴールデンカムイ』もそうです。適度な抽象は見ていて疲れませんし、現実から切り離してくれたりする効果もあります。
冨宅:現代のアニメも「筆」からつながっているのですね!
高橋:そうです。ジャパンアニメが世界を席巻しているのはそのためです。その大もとは大和絵。漫画の原点ともいえる絵巻物「鳥獣戯画」なのです。
しかし、戦後70年間空白のようなものがあって、表現の主流が西欧的な写実になりました。さらにスマホの普及で、その写実も亡びつつあります。写真は超写実ですから、人々は写真に飽きたらなくなってきているのです。その後に生き残るのは大和絵、日本画だと思っています。
長年の修練によって描く
繊細な筆の線と空気感
冨宅:日本画は線が特徴だと教えていただきましたが、先生の描かれる線の繊細さに大変驚きました。
高橋:私も最初から引けたわけではなく、時間がかかります。美人画で有名な日本画家・上村松園さんの絵は幅広い世代の人から愛されていますが、線の美しさが際立っていて、まねができません。
冨宅:油絵にはない繊細さですね。
高橋:油絵とは筆が違いますから同じようには描けません。
冨宅:画材も違うのでしょうか。
高橋:素材としては同じものですが油絵は顔料を油でコーティングしているので光沢は出ますが深みが出にくい。日本画は顔料をにかわで溶いて使うため、素材のそのものが色や風合いがそのまま出ます。光沢は出にくいのですが、きれいに塗れると空気感をまとったような表現ができます。
冨宅:先生の作品には輝くような、透明感のようなものがあって大変魅かれていましたが、それが日本画の空気感なのですね。
高橋:そうです。描くには長い修練が必要です。日本画はこうした技術的なハードルが高い上、今はハードルを越えるための学びの場がないのが残念なことです。
冨宅:では先生がお弟子さんに引き継いでいかれないといけませんね。
高橋:いえ、そんな心配はありません。なぜなら「鳥獣戯画」をはじめ、円山応挙や長谷川等伯など名だたる画家の名作が残っているからです。現物があれば、伝統として本質が残り、後を継ぐ人は必ず生まれますから。
古典に立ち戻り
伊勢神宮に日本神代絵巻を奉納
冨宅:先生はTwitterでも作品を発信されていらして、季節感あふれる草花や風景画もとても素敵ですが、歴史画を始められるきっかけがあったのでしょうか。
高橋:はい。平成25年の伊勢神宮第62回式年遷宮の際、神宮に貢献したい気持ちから、古事記の上代編を絵巻物にした「日本神代絵巻」を奉納させていただきました。本居宣長の『古事記伝』に学び、20mの絵巻を制作してから、作風ががらりと変わりました。現在は第63回式年遷宮に向けて「式年遷宮絵巻」の制作に取りかかっています。
冨宅:大作になりますね。
高橋:神事や行事には厳格な約束事がありますから、調べることが多く時間がかかります。また絵巻のように長いものは連続性があり、かつ魅力がなければなりません。アイデアはたくさんあるのですがそれをまとめるには時間がかかります。
冨宅:やはり神話伝承に造詣がおありだからだと思いますが、先生の作品には神々しさを感じます。
高橋:古事記など古典に触れていると、神様を身近に感じていた人々の息吹が、今も息付いているように感じます。たとえば、昔の人がなぜちょんまげを結っていたのか知っていますか?諸説ありますが、男が一家を背負って立つとき、頭に神様を頂いて働くための神籬(るび:ひもろぎ)、依り代(るび・よりしろ)なんです。
冨宅:そうなのですか!私も神様を大切にしていまして、毎年奈良県の玉置神社でパワーをいただいています。日頃から神様に守られていると感じることもよくあります。
高橋:玉置神社は私も好きです。神様がいるかいないかはよく分かりませんが、見えない存在を敬う気持ちは大事だと思います。
300歳まで生きて
人を魅了する美を極めたい
冨宅:先生にとって美とは何でしょうか。
高橋:「ずっと見ていたいもの」です。昨今は現代アートなどが注目されて久しいですが、美を見直して、言葉通り美しいものを飾っていただきたいと願っています。
冨宅:まさに先生の作品は、いつまでも見ていたいです。別世界に浸れて、気持ちが穏やかになる思いがしました。最後になりますが今後の抱負を教えていただけますか。
高橋:300歳まで生きて、絵画を極めたいです。自分自身10年、20年前よりも少しずつうまくなっているのが分かるので、年数を重ねればもう少しうまくなれるのではないかと。今でも私の絵の前で止まってくれる人がますが、通り過ぎる人もいます。そういう人たちをも引き付けられる魅力のある絵を描いていきたいと思います。
冨宅:誰もが魅了されると思います。これからのご活躍も楽しみにしております。
日本画家 高橋天山
東京生まれ
1979年
東京造形大学卒業 今野忠一に師事
1993年
第48回春の院展春季展賞受賞「献灯」 再興第78回院展日本美術院賞(大観賞)受賞「ザンスカール」
1994年
第49回春の院展春季展賞受賞「牧笛」 再興第79回院展奨励賞受賞「祝いの為に」
1995年
第50回春の院展奨励賞受賞「雪明」 再興第80回院展日本美術院賞(大観賞)受賞「IN THE LIGHT」
1999年
再興第84回院展天心記念茨城賞受賞「聖夜」 日本美術院同人に推挙
2002年
愛宕山グリーンヒルズ曹洞宗萬年山青松寺観音聖堂に天井画「飛天の抄」製作
2009年
2013年伊勢神宮式年遷宮の神事を奉祝する「神代絵巻」奉納
2014年
靖国神社「第62回伊勢神宮式年遷宮」作品奉納
現在
日本美術院同人