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人情と粋を語りつぐ不朽の名作長唄「問答入り勧進帳」

Artist interview

掲載号 夏 2021 音楽

2023.06.01 UPDATE

日本文化を普及するために、様々な伝統芸能や伝統品、
また日本文化を継承する方々を紹介してきました。

長唄今藤流家元 今藤いまふじ長十郎ちょうじゅうろう

~「勧進帳」あらすじ~

鎌倉幕府将軍である兄・源頼朝に謀反の嫌疑をかけられた義経一行は、山伏に変装して奥州に逃げていきます。安宅の関(現在の石川県小松市)に辿り着くも、関所の関守・富樫が一行を怪しいとにらみ、勧進帳(寄付の目的や寄付者の名前が書いてあるもの)を読めと命じます。問答にもよどみなく答える弁慶を山伏として認め、関所の通過を許します。しかし一行に義経に似ている者がいると部下に耳打ちされ、一行を呼び止める冨樫。弁慶は、「お前のせいで我々が疑われるのだ」と杖で主君を打ちします。主君を殴るなどあり得ない行動に富樫は驚く一方、弁慶の忠義心に感服し、一行を見送ります。再び冨樫が追い掛けて緊張が走ります。しかし富樫は疑った侘びにと酒を差し出します。弁慶は飲み酔った振りをして、義経らを先に行かせ、最後は冨樫に目礼し、主君を追っていきます。

長唄は三味線と唄、囃子
三位一体の芸術音楽

お家元のご自宅にて。左から藤舎呂英様、杵屋直吉様、今藤長十郎様、エルビュー社長冨宅

冨宅 本日は長唄の魅力を多くの皆様にお伝えさせていただきたく、長唄今藤流四世お家元にお声がけさせていただき、この場を設けていただきました。ありがとうございます。まずは長唄の歴史を教えていただけますか。
家元 長唄は三味線音楽の中の一種で、歌舞伎の伴奏音楽として発展してきましたが、次第に音楽だけを楽しみたいという人が増え、江戸時代の末期に長唄として、歌舞伎付き音楽だけでなく、音楽だけの独立した分野としても成立しました。独立した芸術音楽として成立しました。
歌舞伎をご覧になる方は分かると思いますが、舞台にたくさんの演奏者さんが並んで演奏しているのが長唄で、唄い手と三味線、お囃子で構成されています。
私が弾く三味線は、1500年代にシルクロードを伝って、日本に伝わりました。四角い胴のところが打楽器で、細長い竿の部分が弦楽器という大変珍しい楽器です。竿の太さは、大別として太・中・細棹とあり、長唄では竿の細い細棹(ほそざお)三味線を使います。絹糸をよった弦が3本あり、押さえてバチで叩くように弾きます。打楽器的な弾き音の短い太鼓のような響きでメロディを奏でます。歯切れのよいリズミカルな音色がします。

今藤いまふじ長十郎ちょうじゅうろう

長唄三味線演奏家、作曲家。4歳で初舞台。
84年四世藤流家襲名、家元継承。
毎年のリサイタル「三味線の響」公演(92年〜)
今藤同門会。長唄協会演奏会等。
毎年、京都宮川町「京おどり」作曲(84年〜)等。
海外公演も多く、
2016年、2018年NYカーネギーホール公演。
2019年ウィーン楽友協会公演。
2017年、歌舞伎座にて三世今藤長十郎追善公演。
文化庁長首表彰(09年)
一般社団法人長唄協会副会長。大阪芸大客員教授。
国立劇場技能養成所講師。NHK文化センター講師。
学校法人 東山学園教授。

三味線とお囃子の間を縫うように
声色や節で情景を描く唄方

杵屋きねや直吉なおきち

1956年、十五代杵屋喜三郎の次男。祖父は十四世杵 屋六左衛門。1968年、杵屋直吉を襲名。
1995年、松竹百年記念、 坂東玉三郎舞踊公演、鏡獅 子(日生劇場)で歌舞伎の立唄となる。
1997年、日本伝統文化振興財団賞、1999年、松尾 芸能新人賞受賞。
現在、社会法人長唄協会、杵屋会、一中節都会(芸名 ・都古中)に所属。
長唄「邦友会」、「あさぎ会」を主宰。

冨宅 直吉様、私はお家元に習って20年になりますが、18年前、私が初めてお家元の演奏会に出演させていただいた時に、「今様望月」を演奏いたしまして、その時に直吉様に立唄をしていただきました。前回の歌舞伎座の会の時も「吉原雀」を唄っていただきましてありがとうございました。直吉様のお唄を真横で聴かせていただき、感動したのを覚えています。お唄の魅力を教えていただけますか。
直吉 先ほどお家元もおっしゃったように、三味線は打楽器であり、またお囃子も打楽器ですので、メロディーラインは唄が担います。糸で三味線とお囃子の間を縫うように、唄が埋めるという感じです。面白味は「位取り」といって、役どころの優劣により声色を変化させたり、山や谷があるといった風景を、フシやシャレ、音程といったさまざまな音で表現したりするところにあります。
冨宅 音域も大変広いですよね。
直吉 はい、洋楽は普通1オクターブ半の幅がありますが、長唄は2オクターブ半あります。とはいえファルセットのような声ではいけませんから、裏の音程も地声と同じような音質にする半裏という声を使います。
もともとは僧侶が唱える声明(しょうみょう)から発展して、能や浄瑠璃の「語り」となり、三味線の普及で音にバリエーションが加わったという経緯があります。
冨宅 独特なのですね。お唄にはいつも魅了されております。
家元 補足いたしますが、西洋の音楽は和音の厚みで構成されています。一方長唄の場合は「線」なのです。三味線と唄の旋律はまったく違っていて、三味線が下降すると、唄が上がるといったように反対方向に行くことが多く、線を織りなすことで成立します。
直吉 先ほど家元が空間とおっしゃいましたが、その空間を節で埋めたりするわけです。埋め方がヘタだと合わなくなってしまうのです。
家元 空間の埋め方は今藤だったらこう、杵屋さんはこうと流儀によって違います。
直吉 流儀で言えば、三味線の今藤先生はお唄が中心の「唄物」で、うちはどちらかと言うと浄瑠璃系の「語り物」系なのですが、抜擢していただいて一緒にやらせていただいていてありがたく思っております。
家元 直吉さんは、やはりお家のものという気持ちがおありなので、曲に対しての愛情が違うのです。ですから問答入り勧進帳をやるときは直吉さんでと随分前から決めていました。
冨宅 そういう思いが演奏から伝わってきて大変感動いたします。

多様な音色を響かせる
室町時代の小鼓

藤舎とうしゃ呂英ろえい

東京芸術大学音楽学部卒業。
1989年 藤舎呂英の名を許される
2006年 日本伝統文化復興財団賞受賞(同時に受賞
記念のCD発売)
2007年 ニューヨーク、 ジャパンソサエティー100年記 念イベントにて小鼓を演奏
現在、各邦楽器との演奏はもとより、 鼓のソロ演奏やチ エロ等洋楽器とのセッションも行っている

冨宅 呂英様、鼓について教えていただけますか。
呂英 鼓の伝来の歴史ははっきりしていませんが、形状からするとインドのほうから来ていると言われています。小鼓は砂時計のような形の胴と丸い皮を、紐で固定して使います。昔は両方の皮を叩いていたようですが、鎌倉時代からは肩に乗せて弾くようになり、江戸時代に今の形状が確立されました。本日お持ちした小鼓は室町時代の美術品のようなものです。
冨宅 大変貴重ですね。素材は何でできていますか?
呂英 胴は桜の木で、皮は馬の皮、紐は麻です。なかでも皮は表側と裏側で1枚ずつあるのですが、どれでも2枚あれば鳴るわけではなく、相性の良いものを探してきて組み合わせます。これが非常に難しく、何年かはもちますが、夫婦や恋人と同じでいつか破局を迎えるので、また違う相手を連れてきて組み合わせる。結婚相談所のおじさんみたいなことをしています(笑)。
冨宅 そんなご苦労がおありなのですね。小鼓の魅力はどのようなところですか。
呂英 打楽器としては、音の種類が多いことです。左手で調べ(紐)を調整することで、無段階に細かく音が出せます。また小振りながら音も大きく、どんな音楽にも合わせやすいのも魅力です。
冨宅 しんとしたところから、掛け声とともに鼓の音で始まる曲もありますね。
呂英 緊張の中でも、お家元がおっしゃるように、間が生きる演奏を心がけています。
家元 長唄は、リズム感の良さもそうですが、周囲と呼吸を合わせる察知能力の高さも求められます。呂英さんはそれが抜群です。他にご一緒に演奏させていただいている方々も優秀な方が多いので、本当にありがたいです。
冨宅 それで心を揺さぶるような曲が作り上げられるんですね。

間合いを感じながら
全体をまとめる立三味線

冨宅 ところで、一般的な質問ですが、こうした演奏会をされる時の準備にはどのくらい時間をかけていらっしゃるのでしょうか。
家元 問答入りは全員で一回合わせましたが、いつもは下ざらい(リハーサル)をし、本番です。皆さんプロですから、下ざらいでは流派によって違う所や、個人的な解釈による間のとり方など全体的なノリ(テンポ)を確かめることが目的です。
直吉 下ざらいは「この人はこういう風に理解しているんだか」「こういう風にやりたいんだな」というような、お互いの主張の確認です。また、オーケストラと違って前に立つ指揮者はいませんが、立三味線が指揮者の役割を担い、クリスマスツリーのようにお囃子と唄で装飾していくイメージです。
冨宅 「勧進帳」は40~45分くらい演奏していますが、本当にピタッと息が合っています。これは立三味線であるお家元が、間合いを感じながら、全体をまとめていらっしゃるということですね。
家元 そうですね。その時の奏者のコンディションや、唄の人の声の調子など、そういうことを全部加味してテンポを決め、「次は少し早くなりますよ」とか、「少しゆっくりしますよ」とか、掛け声で合図します。いつも同じ掛け声ではないんですよ(笑)。

琴線に触れる物語
手に汗握る迫力の「勧進帳」

冨宅 ここからは「勧進帳」についてお伺いしますが、はじめて聞く方のために「勧進帳」のあらすじを教えていただけますか。
家元 兄の源頼朝に謀反を疑われて、京都を追放された義経たちが、逃避行を試み、山伏に変装します。ところが、安宅の関で関守・富樫左衛門に行く手を阻まれ、緊張感のあるやり取りが展開されるというものです。
冨宅 私も大好きな演目ですが、勧進帳がこれほど長い間、多くの人の心を捉える理由は何だと思いますか。
家元 物語は富樫が関を通すか通さないかというシンプルなものですが、富樫が、義経を守ろうとする弁慶の忠義心に感動し、危険を顧みず一行を逃がすなど、情感を分からないように感じさせる場面が多く、琴線に触れるのでしょう。
冨宅 揺れ動く心情を表現した聴きどころがたくさんありますね。
家元 そうです。よく「長唄は三味線音楽の百貨店」と説明します。花鳥風月、男女の機微、民話、能から取り入れた物語性のある曲など、多くの題材を扱う売り場が沢山あって、曲種の種数が多いのが長唄です。三味線は打楽器的な部分と弦楽器的な両方の良さを加味して繊細かつダイナミックな奏法で表現方法も多岐にわたります。勧進帳でも、三味線の多彩な音色を聴いていただきたいです。

緊張の富樫と弁慶の問答
思いや立場の転換が見どころ

冨宅 直吉様、お唄の聴きどころを教えていただけますか。
直吉 登場人物の位取りとしては、富樫が一番高く、義経と弁慶は主従関係にあり、弁慶の位が一番低くなります。ところがその弁慶が、富樫をだますところに面白味があります。
いかにも怪しい一行に対して、「山伏なら勧進帳を読んでみろ!」と富樫が詰め寄ります。そこで弁慶はとっさに白紙の巻物を手にする。そこにズンズンズンズンと三味線の流しがあってお囃子が加わって、緊張感が高まります。弁慶は焦りながらも、つらつらっと読み始める、ここが第一の山場であり、私にとっても一番難しいところです。
家元 これが芸の力です。この間合いがあるかないかで、曲が生きるかどうかになってきます。
直吉 そして、続く問答に、よどみなく答える弁慶。次第に富樫は弁慶の力量に感動し、それまで敵対していた2人が歩み寄り、同志になる。ふいに流れが変わる場面も見どころです。登場人物の思いや立場の変化を、三味線とお囃子、唄の三位一体の妙味で味わえるのが勧進帳の魅力ではないでしょうか。
冨宅 富樫と弁慶の迫力のある問答に何度聴いても心を動かされます。お囃子はいかがですか。
呂英 お囃子はすべての場面が見どころです。全体を通して緊張感があり、個人的にも好きな演目です。特に、クライマックスで三味線と大小の鼓のセッションになる「滝流し」は、超絶技巧の掛け合いで、見応えがある部分です。
冨宅 私も勧進帳を弾かせていただいたことがありますが、「滝流し」は本当に華やかで、感極まるところですね。何回も聴いていると、聴きどころがわかってきて、展開を待つ楽しみも加わります。見れば見るほど、知れば知るほど深く魅力を感じられるのが勧進帳であり、長唄だと思います。

ブリッジで聴かせる
独特な長唄の成り立ち

家元 聴きどころが随所にあるのも長唄の特徴といえます。一般的な曲の構成は、第1楽章、第2楽章と展開していきますが、長唄の場合、最初から最後まで同じメロディが1つもありません。長唄は、色々な異なるパートがいくつもくっついて曲ができているイメージでそれぞれに聴きどころが存在しているのです。たとえばメロディもモチーフも違うパートをお団子としたら、お団子がいくつも列なっているイメージです。ゆっくりしたパートや激しいパート、軽やかなパートなど曲想が異なるお団子は、ブリッジを使って自然な流れに仕上げられています。多数のお団子が入っているのでバランス良くまとめるのは難しいのですが、その点勧進帳はブリッジが絶妙で、最後まで飽きさせず聴きごたえのある大変な名作なのです。
冨宅 曲の成り立ちも、世界でも類を見ない音楽なのですね。

生きてきた姿勢や精神性が
美しさとして宿る古典芸能

冨宅 皆様にとって「美」とはどのようなものでしょうか。
家元 その人の生き方や姿勢、どれだけ一つのものに取り組んできたか。そういうものが内面からにじみ出るものが美だと思います。年齢を重ねて、物事とのかかわりが一層深まってきた今、これまでのものを踏襲するだけではなく、生まれるものがなければいけないと感じています。それがまた美しさにつながっていくのだと思っています。
直吉 家元のお考えと同じで、生き様や、どういうものを追求してきたか、その精神性の表れが美でしょう。古典芸能にはそれが顕著に表れるので、真剣さが求められます。
また美しさには、古くから稽古により伝えられてきた伝承の美と、時代ごとに「美しい」と言われるエッセンスを足しながら継承されてきた伝統の美があります。私は次の世代に渡す年齢になりましたから、自身の経験をふまえつつ双方の美を融合し、渡していくことを大事に考えています。
呂英 舞台における演奏家の美としては、様式美があります。たとえばお三味線だけの演奏部分でも、鼓が座っているだけでひとつの背景となる姿や、鼓を持つ所作、構えた時の凛とした姿勢は日本ならではの美だと思いますし、そのたたずまいは演奏にも表れます。
また、お家元のように、技術がある方は難しいところでも、さらさらと弾けます。自然体の美学といいましょうか、必死になって演奏したり、大袈裟な動きをつけたりするのは、邦楽にはない方がよいと思っています。
冨宅 確かに、長唄の舞台は整然としていて美しく、誇張しない自然体の美学が生きているのですね。

長唄のおもしろさに触れる
「勧進帳」ダイジェスト

冨宅 さて、今回はお家元が長唄「問答入り勧進帳」の動画配信をされるということですが、どのようなお考えで決められたのですか。
家元 「三味線の響」は有料動画配信で全曲配信いたしましたが、今回はどなたでも聴いていただけるダイジェスト版で、長唄に触れていただき、「面白いから本編も聴いてみよう!」と思ってもらいたいと思っています。
冨宅 一般の方は、なかなか長唄を聴きに行く機会がありませんから、気軽にアクセスできる動画配信はとても良いお考えだと思います。今回の演奏会は、今まで多くの勧進帳を聴いてきましたが、1番素晴らしいと言っていいほど、涙が溢れてくるほどの感動を覚えました。ご自宅で過ごす時間が長いこの時期に、ぜひ動画をご覧になって長唄を好きになっていただけるとうれしく思います。

冨宅 最後になりますが、皆様の抱負をお聞かせいただけますか。
家元 私は残された人生、ムダな時間を過ごさないことです。芸のうえでも日々トライしたいことがどんどん増えるので、我慢をせず、したいことをする。そういう時間を過ごせたらいいと思います。
直吉 私は、一番一番を大切に、やっつけ仕事にしないということ。それに尽きます。お客様は、毎回違う方が聴きにいらっしゃるので1曲1曲大切に演奏していきます。
呂英 長唄は素晴らしいものなので、決して敷居が高くないということを知っていただきたいです。そのためにもいろんな方に聞いていただけるよう活動していきます。
家元 気持ちはみんな一緒。これからも協力体制でよい演奏をお届けしていきますので、どうぞよろしくお願いします。
冨宅 皆様のこれからのご活躍を、楽しみにしております。本日は貴重なお話をお伺いさせていただきましてありがとうございました。

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